サダナ東洋の瞑想とキリスト者の祈り
体(呼吸)と祈り
【1】はじめに
皆さんは、「祈り」という言葉に、どのようなイメージをお持ちでしょうか?
祈りの世界、それは、実にバラエティーが豊かで幅広いものです。
私たちは生きている間、社会や、他者と関わりを持ちながら、考えたり悩んだり、笑ったり怒ったり、他人に願ったり、食べたり働いたり、とさまざまな姿を見せます。いかにも人間らしく活き活きと生きている人にとって、祈りは、言葉を頭で綴る(受け止める)道ばかりではありません。言葉に頼るよりもむしろ、敬虔な思いを体で表して祈りに向かおうとする時(注1)があります。そうして、言語的な営みを頭で続けても発展性が感じられないと気付くこともあります。
また、幅広い営みをする人生では、言葉以外の身体的な契機、つまり体の感覚や呼吸を祈りと結び付けることは大いに助けになります。サダナでは、積極的に体の感覚や呼吸を活かすことから、豊かな祈りの世界に歩みを進めていきます。
(注1) 敬虔な思いを体で表して祈りに向かう
近しい方の死や病気、人生の苦難に遭遇した時、または、壮大な自然に感激した時など、人の祈りは、おのずと身体の動きにまで及びます。両手を広げたり、ひれ伏したり、などと。また、人生には、言葉にはならない思いを、体に響かせて祈る時もあります。両手の指をぎゅっと握りしめたり、思わずひざまずいたりなどと。
